E : Soup, Abandoned
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秋分。生誕の秋。
例年、秋分の日になると人々は挙ってコンテストサイトを訪れ『問題』を解く。プログラミングコンテストの枠に収まらない多種多様な『問題』に取り組み、汗を流し、WA に苦闘し、エスパー能力を研ぎ澄まし、AC の歓喜に踊る……。
その文化も、今はもう無い。
ありとあらゆるイマジネーションを枯死させる〝滅びの風〟が地上を覆い、数多くのコンテストサイト諸共に、秀逸な『問題』たちを、秋分という文化を、そしてあらゆる文明を無の荒野へと帰したのも、もう随分と昔の話だ。
色のない荒野を駆ける、一台の旧世代の 250cc オートバイ。錆なのかデザインなのか判然としないボディからはメーカー名を読み取ることもできない。
「秋分……それに、『問題』か……」
私は思わずヘルメットの中で独りごちた。自分がいま動いているのか不安になるほどに全く景色の変化を見せない荒野。聞く話によれば、〝滅びの風〟が吹く前はこの地域も豊穣たる『問題』に満ちていたという。
曰く、整備された街道の脇にはいくつもの根付き木が櫛比し、全体を合わせて数百万頂点にも及ばんとする森が広がっていた。曰く、張り巡らされた街道は都市と都市を有機的に結び、流量制限と関税のもとで盛んに都市間の物流が行われていた。曰く、都市にはグリッドの如く整然とビルが林立し、各マスのビルは新陳代謝を繰り返し、都市は成長を続けていた。曰く、都市に暮らす人々は贈答用の数列や文字列を日常的に購入しては互いに贈り合い、『問題』を生み出しては解き続けていた……。
どれも、今となってはとても信じられない御伽噺だ。
それでも私がバイクに跨り、一人この荒野を駆けるのは、〝滅びの風〟を生き残った旧世代の遺産がどこかに遺されていることを期待しているからだ。秋分に『問題』を解くとは、一体どういうことなのだろう。秋分も『問題』も、何一つ実際には知らないが、心の奥底が生誕の秋を求めてやまない。この地に生まれた呪いのようなものだ。
「あれは……」
果てのない荒野の先、地平線の彼方にようやく僅かな変化が見えた。それは何かの影だった。
「なんだろう……巨岩か、それとも……」
バイクは荒野を駆ける。乾いた風が吹き抜ける。影は徐々に大きくなる。
◇ ◇ ◇
「KCS、というんだな。Kagamiz……Contest System……コンテストシステム……!?」
バイクに跨ったまま、ヘルメットを脱いで髪をかき上げた私は驚愕に固まっていた。巨岩と見えた影の正体はその実、旧世代のコンテストシステムの遺跡だったのだ。
「コンテストシステムなら、『問題』が遺ってるかも……」
KCS の入口には砂に塗れた旧世代の機械式文字盤。遥か昔の日付がそこに刻まれている。この日から、このコンテストシステムの時間は止まっているのだろう。中の『問題』は無事だろうか? あまりに長い期間、滅びの荒野に晒されているとなれば、『問題』が朽ち果てている恐れもある。
20200922。
文字盤の表示は、2020年の秋分の日だった。懐から取り出した折りたたみ式の携帯カレンダーから逆算できる。暦に関するまともな文化はおおよそ消え去っても、毎年巡ってくる秋分の日、すなわち昼と夜の長さが等しくなる日だけは今でも重要なのだ。
秋分の日で止まった文字盤は啓示のようだった。何か『問題』が遺っていると確信できた。正確には、何かに呼ばれているような気がした。誘われるように、私の足は KCS の中へと入っていった。
◇ ◇ ◇
「案の定、ほとんどの『問題』は朽ちてるな……2020 年なら、仕方ないか」
かつて KCS には非常に多くの『問題』が含まれていたと見え、『問題』とそのテストデータを格納するための玄室めいた部屋がいくつも存在していた。しかし、長い時間と〝滅びの風〟は、個室に遮蔽隔離された『問題』たちをも風化せしめ、現在 KCS には何もない空室がただ並んでいるのみだった。
「一問ぐらい、どこかに……あるはず……」
これが最後の羨道だ。先程から異様な空気がこの羨道の先にあるだろう玄室から流れ込んでくるのを感じる。確実にこの先になにかがある。それが『問題』かどうかは分からないが、どうしたって空室では有り得ないと確信できる。
「……これは……?」
羨道を進むと玄室の入口へ至った。玄室からは明るい紫の光が漏れ出ている。光は脈打つように明滅し、しばらく見ていると徐々にその色を変じ始めた。どうみても異常だ。意を決して部屋へ入る。
「……スープ?」
そこにあったのはスープだった。石造りの器は部屋の中央に浮遊しており、火をかけられているわけでもないのにスープは煮立ってグツグツと音を立てている。紫から徐々に緑へと変色を進める液体は燐光を放っている。スープは湯気を立て続けているが、一向にその容積が減る気配はなく、今までに見た何よりも生命の脈動を感じさせた。
湯気を追って目を上げると、奥の壁には遺跡入口と同様の旧世代の文字盤が掛けられている。そこにはやはり日付の表示。スープの妖しげな光に照らされて、日付までもが脈打っているように見える。
20200922。
やはり、2020 年の秋分。2020 年の秋分に何があったというのだろう? このスープは一体? ここは『問題』を安置する部屋ではないのか?
「『問題』は……『問題』は……ないのか?」
「ここには、『問題』がある」
「……!」
突如、部屋全体を鳴動させるかのような低い声が響き、私は身を固くした。今のは誰の声だ。ここには私と、スープしか無い……。
「ようこそ、秋分に導かれし者」
「まさか……このスープから?」
声の源は煮え立ち続けるスープのように思われた。スープが喋るなど、気が触れたかと思われるかもしれない。それでも、間違いなくこの声はスープから響いてきた。そして、スープが喋ることに対する不自然さは、なぜかなかった。
「ここには一つの『問題』がある」
「やっぱり、ここに……『問題』が……!」
「何について知りたいのだろうか?」
このスープは何を知っている? 『問題』はこのスープが出すのだろうか。だとするならば、勿体つけずに出題してくれればよいものだが……。
「どういう問題なのか、教えてくれる?」
「確かに、『問題』の内容は重要だ。更なる探求が必要だ……」
いまいち話が通じている気がしない。しかし、このスープはこちらが『問題』について質問し、解き明かすことを求めているようだ。そこまで含めて全体で『問題』ということなのだろうか? いずれにせよ、質問が求められているのであれば質問をするしかない。
思い出せ。実際には知らないが、何度も話を聞いたことだ。『問題』にはどういう要素がある? 各要素についてこのスープに問い合わせることで情報を引き出していく。それを繰り返し、『問題』の全容を明らかに。
「じゃあ……その『問題』に、グラフの要素は使われている?」
「グラフ……それはこの『問題』とは関係がなさそうだ。あなたはグラフが好きなのか?」
成程。こうしてスープに問いかけていけばよいわけだ。『問題』には他にも必要な要素があったはずだ。例えば……。
「この『問題』の、入力について聞きたいんだけど……」
「入力形式を知りたがる者は確かに多かった。あなたはそれについて、何が知りたいのか?」
「その……どんな入力が与えられる?」
「何のことかが分からない」
どうもこのスープ、あまり融通の利く相手ではないらしい。質問内容は明確、単純にしたほうが良さそうだ。
だが、これを繰り返していけば間違いなく『問題』に辿り着くことができる。煮え立ち続け、常に蒸発しているように見えてなお一向に減ることのない極彩のスープは、〝滅びの風〟にも負けぬ、消えることないイマジネーションの源泉のように思われた。私はこの狭い玄室でスープと向き合う。〝滅びの風〟が彼方へ連れ去った、豊穣なるイマジネーションの、その遺された一欠片でもこの身に体感するために。
さて、次の質問は……。
※あまり短時間に大量に質問を送りまくると制限にかかって回答できなくなってしまうかもしれないので、なんか慎み深く御利用下さい。